
子どもの頃、ゲームの発売日が楽しみで仕方なかった。
学校が終われば友達とゲームの話をして、家に帰ればコントローラーを握る。新しいゲームを買った日は、説明書を何度も読み返した。登場人物や世界観を想像しながら、まだ見ぬ世界へ進んでいく。
あれから何年も経った。
仕事を始め、生活も変わった。昔ほどゲームをする時間はなくなったけれど、ゲームそのものが嫌いになったわけではない。そんな大人が久しぶりにゲームの世界へ戻る場所の一つが、「TOKYO GAME SHOW」だ。
2026年の「TOKYO GAME SHOW」は30周年を迎え、9月17日から21日まで、幕張メッセで開催された。これまで長年にわたり、ゲームの最新情報や新たな体験を届けてきたイベントである。
会場を歩いていると、ふと思った。
ゲームも日本酒も、「完成品」だけを楽しむものではない
ゲームをプレイするとき、わたしたちは画面に映っているものだけを見ているわけではない。
キャラクターの設定。
音楽。
シナリオ。
操作性。
映像表現。
それぞれの要素が組み合わさり、一つの世界を作っている。
そして、ゲームを深く知るほど、「なぜ、この音楽を使ったのだろう」「なぜ、このキャラクターはこういう設定なのだろう」「このシステムには、どんな意図があるのだろう」と、作り手の設計思想に興味が湧いてくる。
日本酒も同じかもしれない。
単純にグラスに注がれた一杯の香り、味わいだけを楽しむこともできる。しかし、その酒がどんな米から造られ、どんな酵母を使い、どのような温度でどの程度の期間発酵させ、どんな酒質を目指して造られたのかを知ると、味わいの見え方が変わってくる。
例えば、吟醸酒を飲んだときに感じるリンゴや洋梨、バナナのような香り。これらは「米の香り」ではない。酵母の代謝によって生まれる香気成分など、さまざまな要素が重なって形成される。
そして、日本酒の味わいを支えるのが、米のでんぷんを麹の酵素によって糖化し、その糖を酵母がアルコールなどへ変換していく発酵の仕組みだ。麹は、でんぷんやたんぱく質を分解する酵素を供給し、酒の香味形成にも関わっている。
つまり、日本酒の味わいにも「設計」がある。
ゲームがプログラムや音楽、映像、シナリオによって世界を設計するように、日本酒も米、麹、酵母、発酵期間、温度管理などの要素を組み合わせて酒質を設計している。
そう考えると、二つの世界が少し近く感じられないだろうか。
「同じ材料」でも、完成するものが違う
もう一つ、ゲームと日本酒には面白い共通点がある気がする。
それは、同じ素材を使っても、作り手によって全く違うものになることだ。
日本酒では、同じ酒米を使っていても、蔵によって味わいが異なる。
どの米を使用するのか。
精米歩合をどうするのか。
麹をどう造るのか。
酵母を何にするのか。
発酵温度をどう設計するのか。
どのタイミングで搾るのか。
さらに、火入れの有無や貯蔵方法によっても酒質は変化する。
例えば山田錦という同じ米を使っていても、「この蔵が造る山田錦の酒」と「あの蔵が造る山田錦の酒」は同じ味にはならない。「純米大吟醸」というスペックであっても、それぞれの蔵の個性が色濃く現れる。
ゲームにも似たところがあるかもしれない。同じ「アクションゲーム」というジャンルでも、開発者が違えば操作感も世界観もゲームバランスも変わる。
素材やジャンルが同じでも、作り手の思想によって得られる体験は異なる。ここに、日本酒を飲み比べる面白さがある。
「スペック」を知ると、日本酒はもっと面白くなる
ゲーム好きなら、作品をプレイするだけでなく、スペックや開発情報を調べる人も多いだろう。
発売日、対応機種、開発会社、ゲームエンジン、制作スタッフなどなど。
日本酒にも、原料米、精米歩合、アルコール度数、日本酒度、酸度、アミノ酸度、酵母といった「スペック」がある。ただし、日本酒はこうした情報だけで味を完全に予測することはできない。
例えば「日本酒度」という数値だけを見て、「辛口だからすっきりしている」と判断するのは早い。日本酒の甘辛の感じ方には、糖分だけでなく酸味やアルコール、香りなど複数の要素が関係するからだ。
だからこそ、スペックを確認したうえで実際に飲んでみる。
「なるほど、この酵母だからこの香りなのか」
「精米歩合が違うと、こんな表現になるのか」
そんなふうに答え合わせをしていく。
これはゲームで攻略情報や開発者インタビューを読んでから、もう一度作品をプレイする感覚にも近いきがする。
人生には必要ない「嗜好品」だからこそ面白い
ゲームも日本酒も、生活に絶対必要なものではない。だからこそ、そこに人間の「好き」が詰まっている。
ゲームは、クリエイターが作った「デジタル世界」を体験するもの。
日本酒は、醸造家が米、麹、酵母、発酵などを組み合わせて生み出した「香味」を体験するもの。
どちらも知れば知るほど奥深くなる。
子どもの頃は、ただゲームが面白かった。大人になった今なら、そのゲームを作った人たちの技術や思想にまで興味を持てる。
日本酒も同じだろう。「美味しい」で終わらせてもいい。でも、なぜこの味になったのかを考えてみると、一本の日本酒がもっと面白く、奥深くなる。
一見まったく違う二つの世界だが、そこには共通しているものがある。
それは「誰かが作ったものを、背景まで知ることで、もっと深く楽しめる」ということ。
「TOKYO GAME SHOW」でゲームに触れた夜は、日本酒の新しい世界にも、少しだけ触れてみてはいかがだろうか。
