
カレンダーの祝日を意識するようになるのは、いつからだろう。
若い頃はただの「休み」でしかなかった日が、歳を重ねるごとに特別な意味を持つようになっていく。九月の第三月曜日、「敬老の日」もそのひとつだ。
祖父母や両親へ感謝を伝える日。
何を贈れば喜んでくれるだろうかと考えたとき、真っ先に思い浮かんだのは日本酒だった。
子どもながらに、祖父がいつも晩酌をしている風景を見ていたことを思い出す。最近は飲む量も減ったというが、お酒が好きであることには変わりない。
敬老の日に贈る日本酒として「しぼりたて」や「フルーティな大吟醸」では、どこか物足りない気がした。今日という日にふさわしいのは、もっと深く、じっくりと味わえる一杯ではないだろうか。
そんな想いで選んだのが、長い月日をかけて熟成された「熟成古酒」だった。
グラスに注がれた一滴は、私たちが普段目にする透明な日本酒とはまるで違う。
琥珀色、あるいは深い黄金色。光に透かすと、まるで秋の夕暮れをそのまま閉じ込めたかのように艶やかに輝く。
歳月だけがつくれる深い色と香り
グラスを口元に持ってくると、ナッツやドライフルーツ、どこかわずかにカラメルのような香ばしさと重厚な香りが立ち上る。
口に含むと、角の取れたまろやかな旨味が舌の上にふわりと広がる。酸味も甘みも、すべての要素が長い時間のなかで溶け合い、丸みを帯びている。
荒々しかった新酒が、蔵の静寂のなかでじっくりと時を重ねることで、自分だけの複雑で豊かな表情を獲得していく。
そのストーリーを知ったとき、ふと、人生の大先輩たちの姿が重なった。
若い頃の情熱や試行錯誤、積み重ねてきた経験。そのすべてが熟成されて、今の穏やかで深い優しさになっているのだろう。
「いい色だな」
グラスをかざしながらそう呟く顔には、刻まれたシワとともに、柔らかな笑みが浮かんでいた。
言葉にしなくても通じ合う時間
「古酒は少し温めても美味しいんだよ」
そう言いながら、慣れた手つきで燗をつける手元を眺める。
冷やして飲んだときのシャープなコクから一転、温めることで香りが一気に開き、米の持つ包み込むような甘みが顔を出す。
温度によって見せる表情が変わるのも、長い年月を経てきた熟成古酒ならではの魅力だ。
特別なごちそうがなくてもいい
熟成古酒が醸し出す穏やかな空気があるだけで、いつもは照れくさくて言えない言葉や、静かな沈黙さえも心地よく感じられる。
お酒は、時を越えるタイムマシンになる。
「この酒が造られた年、お前はまだ生まれていなかったな」
そんな昔話に耳を傾けながら、盃を重ねる。
時間をかけて造られた酒を、時間をかけて楽しむ贅沢。
歳を重ねることは、決して失っていくことではない。
熟成古酒のように、味わい深く、豊かになっていくことなのだと、その一杯が教えてくれたような気がした。
