地元帰省と日本酒。変わらない時間を味わう黒松剣菱

何気なく見ていた景色なのに、今ではどれも懐かしい。

帰省すると毎回思う。社会人になってから数年が経ち、地元に帰る機会は、ゴールデンウィークやお盆、年末年始くらいになってしまった。

毎日を過ごす街はいつの間にか地元ではなくなり、気付けば働き始めてから住んだ街のほうが詳しくなっている。それでも、電車を降りて見慣れた駅舎、風景が目に入ると不思議と身体の力が抜ける。

通学路だった道。

昔よく遊んだ公園。

離れて初めて、地元は特別な場所になるのだと。

実家の玄関を開ける。

「おかえり」

当たり前のような一言が、昔より少しだけ嬉しい。

目次

不思議とどんな料理とも合う「濃い」日本酒

学生時代は毎日顔を合わせていた家族も、今では年に数回しか会わない。だからこそ、食卓を囲む時間がどこか新鮮だ。

取り留めのない会話なのに、不思議と時間が過ぎるのが早い。

都会には美味しい店がいくらでもある。高級なレストランもある。

けれど、母親の手料理を囲みながら家族と過ごす時間には、それらとは比べ物にならない味わいがある。

そんな食卓に欠かせないのが酒だ。

最近の飲み会ではビールやハイボールを飲むことが多い。しかし、実家へ帰る時だけはなぜか日本酒を選びたくなる。

日本酒好きの両親に何か買って帰ろうと思い、酒屋へ立ち寄る。

好みを聞いても「何でもええよ」と言う。けれど、本当に何でもいいわけではないことを私は知っている。

だから毎回、自然と手に取る銘柄がある。

黒松剣菱だ。

子どもの頃から見慣れたラベル。食卓に置かれていた記憶もある。

盃に注ぎ、一口含む。米の旨味が力強く広がる。

近年人気のフルーティな日本酒とは違う。甘いとか爽やかとか、そんな言葉だけでは表現できない。「これが日本酒だ」。そう語りかけてくるような骨太さがある。

それでいて不思議と料理を選ばない。

煮物にも刺身にも合う。

兄弟が買ってきたお土産のスイーツ、おつまみにも合う。

聞けば剣菱は江戸時代、灘で造られ江戸へ送られていた酒だという。

今も変わらぬ大都会、江戸で大量に消費された歴史的な銘柄。どんな料理と合わせられるのか分からない。だからこそ、どんな料理にも負けない濃醇な味わいへと磨かれていった。

長い歴史の中で育まれた酒だからこそ、家庭料理にも自然と寄り添えるのかもしれない。

「止まった時計でいる」ことの大切さ

画像元:https://www.kenbishi.co.jp/product/sake2/

剣菱には「止まった時計でいろ」という家訓がある。

流行を追い続けるのではなく、自分たちの信じる味を守り続ける。その間に時計の針は進み続け、価値を求める人がいつか必ず戻ってくる。

その考え方に触れるたび、どこか家族を思い出す。

普段は離れて暮らしている。

会う回数も決して多くない。

それでも帰れば迎えてくれる人がいる。

いつでも戻れる場所がある。

剣菱は200年以上にわたって、その味わいを大きく変えることなく守り続けてきたという。時代が変わり、人の暮らしが変わっても、変わらない価値を残し続けることは決して簡単ではない。

変わらないものがあるからこそ、人は前へ進めるのかもしれない。

盃の中の剣菱を飲み干す。

昔と同じ味。

昔と同じ家族。

昔と同じ景色。

変化の激しい時代だからこそ、守り続ける価値があるものもある。

次に帰省するのは、おそらく数か月後だろう。

剣菱の盃を傾けながら、地元とのつながりや家族との時間もまた、この酒のようにこれからも変わらず大切にしていきたいと思った。

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この記事を書いた人

滋賀県出身・京都市在住/唎酒師・焼酎唎酒師・酒匠・日本酒学講師

酒類への関心が高じ、大学卒業後は京都市内の酒販店に勤務。その後、食品メーカーでの営業職を経て、フリーライター・お酒の講師として独立。お酒を単なる「飲み物」としてだけでなく、「文化」として次世代へつないでいくことをテーマに取材・執筆・イベント活動を行っている。

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