
どこからか漂う金木犀の香りに秋の訪れを感じる季節。店先に並ぶ季節酒「ひやおろし」を1本添えて、温度や器、秋の味覚とのペアリングを交えながら夜長を愉しんでみませんか。
今回はそんな秋だからこその至福な家飲み時間を提案していきます。
「ひやおろし」という季節酒のお便り
朝晩の風がすっかり冷たくなり始める頃、お酒好きの心をそわそわさせるのが、店先に並ぶ「ひやおろし」の文字ではないでしょうか。
春先に搾られた新酒を一度だけ加熱殺菌(火入れ)し、夏のあいだ涼しい蔵の中で寝かせる。そして、外の気温と貯蔵庫の温度が同じくらいになった秋口、二度目の火入れをせず、生のまま「冷や」で「卸す(出荷する)」から、「ひやおろし」という名がつきました。
それは、蔵人が仕込んだお酒が一夏を越えて「大人」になったというお便りです。新酒の頃の尖った若々しさは影をひそめ、まろやかな旨味がじんわりと広がります。
また、夏を越して秋に旨味が増し、味わいが向上した日本酒を「秋あがり」と呼ぶこともあり、ラベルにも記載されていることがあります。こちらは「ひやおろし」とほぼ同義で使われます。
毎年この味わいに出会うたびに、「今年もちゃんと秋が来てくれた」と、どこかホッとするような安心感に包まれます。
シーンで変える秋の嗜み
秋の夜長は、時間の流れが少しだけゆっくりに感じられるものです。だからこそ、その時々の空気感に合わせて、お酒の温度や器をカジュアルに変えてみるのも素敵な愉しみ方です。
①まだ少し温い風が残る「夕暮れどき」
まずは、きりっと冷やしたガラスのお猪口で一杯。
ひやおろしの持ち味である、軽快でありながらも落ち着いた香りが鼻をくすぐります。一日の終わりに、体にすうっと染み込んでいくような爽快感が心地よく響きます。
②お月様が夜空を照らす「宵の口」
お酒を少し温めて、「ぬる燗(40度前後)」にして楽しんでみてください。お酒の頑なさがほどけるように開き、隠れていたお米の甘みとふくよかなコクを堪能することができま
唎酒師が選ぶ今季おすすめの秋酒
今晩楽しむ予定のメニューに合わせて選んだり、秋の情景を感じさせるラベルのデザインから直感的にチョイスしたりと、秋酒の選び方は様々です。
ここでは唎酒師の目線から、今季ぜひ味わっていただきたいおすすめの秋酒を3銘柄厳選してご紹介します。
①文佳人 純米酒 秋上がり(アリサワ酒造:高知県)
果実感のあるフルーティーな香りと、一夏を越えて凝縮された深い旨味の両方を贅沢に堪能できる一本です。お食事と一緒に楽しむなら、脂ののった秋刀魚の塩焼きや、ほろ苦い山菜の天ぷらなどと合わせるのがおすすめです。

②酔鯨 高育 純米大吟醸 秋あがり(酔鯨酒造:高知県)
果実感のあるフルーティーな香りと、一夏を越えて凝縮された深い旨味の両方を贅沢に堪能できる一本です。お食事と一緒に楽しむなら、脂ののった秋刀魚の塩焼きや、ほろ苦い山菜の天ぷらなどと合わせるのがおすすめです。

③三井の寿 秋純吟 Porcini ポルチーニ(みいの寿:福岡県)
「ポルチーニ」という名の通り、きのこの王様らしい高貴な香りと、ラベルに描かれたユーモアあふれるポルチーニ茸が目を引く一本です。
ふくよかなお米の旨味と柔らかな酸味のバランスが見事にとれており、キノコのホイル焼きや濃厚なチーズリゾットなどと見事なペアリングを見せてくれます。

旬を重ねる贅沢な秋のペアリング
秋の日本酒をさらに愛おしくさせるのは、やはり同じ季節を生きる食材たちとの出会いです。この時期のペアリングは基本として、シンプルにお互いの「ボリューム感を合わせること」にあります。そこで唎酒師という視点からおすすめのペアリングをご提案させていただきますので、ぜひ試してみてください。
①焼きキノコのすだち添え
お好きなキノコ類をフライパンでじっくり焼き上げ、仕上げにスダチと大根おろしをトッピングした、簡単かつ絶品な肴。
香ばしく焼いたマイタケやエリンギの旨味に、ひやおろしの優しい酸味がピタッと寄り添います。魚の塩焼きや、ほろ苦い山菜の天ぷらなどと合わせるのがおすすめです。

②秋鮭の塩焼き
秋の味覚として外せないのが、ふっくらと詰まった身が堪能できる秋鮭。
塩焼きにすることで鮭本来の旨味が際立ち、ペアリング的には秋酒のまろやかな味わいが包み込んでくれますよ。

③銀杏の素揚げ
油で揚げ、粗塩を振るだけで美味しく楽しめる一品。独特なほろ苦さと豊かな風味に、秋酒の熟成感が最高の相性を醸し出します。

暮らしに秋を呼び込む「紅葉酒」
忙しい日々の中で、わざわざ遠くの山まで紅葉狩りに出かけるのは、少し腰が重いときもあります。そんなときは、自宅の食卓に小さな秋を呼び込んでみるのはいかがでしょうか。
やり方はとても簡単です。仕事帰りに花屋で見つけた、手のひらほどの小さなもみじの枝を一輪挿しに挿して食卓の隅に置く。あるいは、散歩道で見つけた綺麗に色づいた落ち葉をさっと洗って、お盆の隅に添えるだけでも十分です。
部屋の明かりを少し落とし、間接照明の光の中で揺れる紅葉と日本酒を見つめていると、スマートフォンの画面から流れる騒がしい情報が、だんだんと遠のいていきます。ただ、お酒が美味しいこと。葉のグラデーションが美しいこと。それだけで、今夜の時間は十分に満たされていると気づかされます
終わりに
秋は、どこか寂しさを連れてくる季節です。 夏のお祭り騒ぎが終わり、冬の寒さへと向かう間の、ほんの短いエアポケットのような時間。
だからこそ、その短い季節の美しさに敏感になれるのかもしれません。色鮮やかな紅葉に目を奪われ、旬を迎えた秋の味覚に舌鼓を打つ。そして、赤く染まる山々を眺めるように、グラスに注がれた琥珀色の秋酒を愛おしむ。豊かな味覚と深みのあるお酒が重なり合うひとときは、秋ならではの静かな贅沢です。
今夜もまた、夜が静かに更けていきます。手元にあるお酒を ゆっくりと喉に滑り込ませながら、秋が深まる一夜を、満ち足りた心地で過ごしてみてはいかがでしょう。
